「グウェン」
執務室に控えめなノックのあと顔覗かせた少年に、グウェンダルはその眉間のしわを緩めた。

 

 

 

の表し方

 

 

 

と寝台を共にするようになってから、早くもひと月以上の時が経った。
少しずつ私に慣れてきた は、時折、本を読んでいて分からないことを聞きにきたり、お茶に誘いにくるようになった。
後者はどうやら、メイドか誰かの差し金が最初だったようだが、今では が自発的に、私が根を詰めすぎないようにとやってくる。
最近では私もその時間を楽しみにしている。

今日はお茶の誘いだった。

は最初の頃にくらべ、随分と私に心を開いてくれてきているようだ。今も、私の向かいに座り、はにかみながら会話をふってくる。
微笑ましく、構い倒したい衝動に駆られるのを我慢する。
「グウェンは、甘いものすき?」
不意にふられた質問に、私は首を傾げた。
「何故そんなことを?」
「・・・あまり得意そうにみえないなって」

たしかに、大の男で、かつ常日頃愛想がないと云われる私は、いかにも甘い者好きそうには見えない。
「・・・まぁ、あまり好んでは食べないが、嫌いな訳ではない」
「・・・そっか」
私の言葉を聞いて、ふにゃりと表情を緩めた の愛らしさは、殺人級だと思うのだが。
私がその笑顔に見とれていると、 はなにやら、ごぞごぞと持ってきた手提げから包みをとりだした。
は私の視線に恥ずかしそうにしながら、その包みを広げてみせた。

中にはシンプルな焼き菓子が入っていた。
「あの、ティーアと一緒に作ったんだ。疲れたときには甘いものがいいっていうから」
甘さは少し控えめにしたのだといいながら、頬を染めてそっと包みを私の方に差し出した。
「・・・っ!!」
私の為に!
無性に目の前の小さな少年を抱きしめたくなったが、ここはまず、ありがたく菓子を頂く。
程よい固さのそれは、ほろりと崩れ、程よい甘さといい香りが広がる。
美味いと思わず零せば、目の前の少年からはまばゆい笑顔がこぼれた。
愛おしさが溢れ出しそうだ。

”恋ですよ、閣下”

そろそろ、あの女装癖のある部下の言葉も、無視し続けることが難しくなってきた。

 

 

 

「で?閣下はわざわざ、恋愛相談に部下を呼んだって訳ですか?」
「・・・」
あれから数日、都合良くも任務から帰ってきたグリエに、不覚ながら助言を求めてみた。
やたらと楽しそうに、にやにやと笑う部下に、私は米神に手をあて、ため息をついた。

「まあま、いい傾向じゃないスか。今まで仕事人間だったんですから。んんー!いいですね!恋!人生バラ色っ!」
手を組んで楽しそうに、音をつけるなら”きゃぴきゃぴ”といったような動きをするグリエに、再度ため息が凝れそうになる。
「で、閣下は自分の気持ちを理解して受け入れようと思うものの、可愛い にアタックするのは如何なものかと思っている訳っすね?」
「・・・・どう接すればいいのか、わからなくなってな」
「まあ、成り行きとはいえ、今は一緒に寝ちゃってる訳ですしね、閣下もとことん苦労人ですね」
「・・・それは、別に困り事ではないのだが」

寝台を共にすることは、今の所問題はない。庇護欲を誘う彼を見ていると邪な心はどこかに行ってしまうし、安らかに眠れる。癒しの時間だ。
問題は起きている間、つまり日常の中でも少しずつ甘えてくるようになった にどう接するかだ。
たまに我慢ならずに抱きしめてしまうが、 は気にした様子はなさそうだ。
ついつい心のままに撫でたり引き寄せたりしてしまうが、果たして、これはいいのだろうか。
あのような何も知らない純真な少年に、自分は何をしているのかと、時折罪悪感にかられる。

「別にいいんじゃないスか?」
こともなげに言った部下に、眉を寄せた。
「まずはコミュニケーションあるのみでしょ?まあ、でも・・・」
グリエはそこで言葉を区切ってふふふと気色悪く笑った。

「なんだ」
「試しに我慢してみるといいですよ」
きっといいことありますって!

「なんだそれは」
恨めしげに睨みつければ、グリエはその視線をさらりと受け流して首をすくめてみせた。
「閣下は少し自重するべきじゃないかと思ってるんでしょ?だったらやってみたらどうです?って言ってるんですよ」
「・・・・・・」

 

 

 ++++++++++++++++

 

 

ヨザックが帰ってきた。
ここ最近はずっと任務で会えなかったから、懐かしい気がした。
ここにいる間は俺の護衛をしてくれるらしく、今も俺の部屋でいつも通り本を読む俺に付き合ってくれている。
でも、最近はなかなか本に集中できない。ついため息をついてしまう。

「どうかしたか?」
「んー」

顔を覗き込んできたヨザックに生返事をかえす。
ヨザックが帰ってきてから、2週間。彼の様子がおかしくなったのも、そういえば同じ時期だと気づいて、ちらりとヨザックに視線を向けた。
目が合うと、彼は眉をあげて「ん?」と首を傾げた。

 「あの、ね?」
思い切って、俺はヨザックに相談することにした。

最近グウェンに避けられているような気がするのだ。前はよく頭を撫でてくれたのに、最近はまったく。
会いに行けばいつも通り笑顔で迎えてくれるけれど、話していると時々ぎこちなく視線を外す。
嫌われたのか、それとも、他の理由があるのか。
何か”変わったこと”で思い当たることといえば、お菓子を作って持って行ったことくらいで、まさか、それくらいのことで彼が怒るとは思えないし、こんなに長い間避けられることもないと思うのだ。
なんとなく理由を聞くのは怖くて、もしかしたら避けられていると思うのも勘違いなのではないかと思ったりもして、ずるずると悩んでいたと言う訳だ。

「・・・・・?ヨザック?」
話し終われば、何故かヨザックはうつむいてぷるぷると震えていて、どうかしたのか心配になった。
背中をさすった方がいいだろうかと、立ち上がりかけたとき、ヨザックががばっと顔を上げて笑い出したものだから、思い切りのけぞってしまった。
こちらは真剣に悩んでいるのに、笑うとは失礼なんじゃないかという怒りと、その内容の女々しさからの恥ずかしさで頬が熱くなって、なんとなく悔しくて恨めしげにヨザックを見やった。
俺の視線に気がつくと、ヨザックは手をひらひらとふって、ごめんごめんと謝ってみせた。
「いやー、なんか素敵に思った通りだったから」
なんのことか分からず首をかしげると、いーの、こっちのこととまた笑った。

「かんわいいねぇ、 ちゃんは!」
「・・・・馬鹿にしてる?」
「とんでもない!」
やたら楽しげなヨザックが恨めしい。
「ごめんって、機嫌治して」
ヨザックが眉をハの字にするものだから、なんだか毒気を抜かれて俺も同じような顔をしてしまう。

 

 

 ヨザックに悩んでいても始まらないから、グウェンに直接怒っているのか聞いてみるといいと言われた。
きっと大丈夫だからと笑った彼に背中を押されて、グウェンの執務室のドアをたたいた。
きっと、ヨザックは全て分かっているんだ。それで大丈夫と言ってるんだから信じよう。

入れとの声のあと、アンブリンさんがドアを開けてくれた。俺と目が合うと、「あら」と笑って、俺の後ろのヨザックにさっと目をやると、彼女は心得たみたいな顔をして、俺を中に通すと、お茶の用意をして参りますといって出て行った。
それに首を傾げる。だって、この執務室には給湯室もついている。わざわざ出ていたなくてもお茶くらい用意できるはず。
首を傾げて彼女を見送っていると、とんとヨザックに背中を押されて、ぱたんとドアを閉められてしまった。

・・・・・二人だけになってしまった。

ふとグウェンをみれば、不機嫌そうにヨザックのいたあたりをにらんでいた。
話掛けづらいけど、ここは腹をくくるしかないと、意気込んで、グウェンに近寄った。
俺に気づいた彼はハッとしたあと、横の応接用のソファーに促してくれた。
その様子はやわらかくて、いつものグウェンのようだったけど、やっぱり不自然に目を合わせてくれない。

「・・・・グウェン」
「なんだ?」
「その・・怒ってる?」
「は?」

グウェンダルはぽかんと口を開けて、訳が分からないという顔をした。
それにどうやら勘違いだったようだとほっとして、最近の悩みだったことを打ち明けてみた。

「・・・ちょっと、寂しかった」

勘違いだったみたいでよかったと笑うと、グウェンもヨザックと同じようにプルプルと震えていて、また笑われるのかなと眉を寄せそうになったとき、やはり、がばっと顔をあげた。そのまま立ち上がって、俺の横に座ると、すこしキツいくらいに抱きしめてきた。
寝ている時意外で、こんなに近くにいるのは久しぶりな気がした。きっとグウェンにも色々あるんだと、今までのことがどうでもよくなった。
そっと彼の背中に手を回す。やっぱり安心する。

 

それから、グウェンはいつも通りに撫でたり抱きしめたりしてくれるようになった。女々しいけれど寂しがりの俺はそれが嬉しい。
幸せだなぁと思った。

最近ヨザックがとても楽しそうなのが、なんでなのかは謎だけど。

 

 

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