な 

 

「・・・閣下」

 

 

甘く痛くしく熱い

 

 

がすっかり風呂場へと消えてしまうと、徐にヨザックが切り出した。
「・・・・何だ」
ニコニコとしていたヨザックの顔は一変し、何か探るような視線がグウェンダルを貫く。
それが少し心地悪く、グウェンダルは眉間の皺を一本追加する。

「ちょっと、おかしくありゃしませんか。最近の閣下」
「・・・私が、か」
「えぇそうですとも。
アンタは眞魔国のためなら残酷なことさえ平気な顔してやってのけるし、無駄なことはしない人だ。
それだってのに、 にはやたら親切。おかしいでしょう」

「・・・・・・」

ヨザックの指摘にグウェンダルはさらに眉間に皺を寄せ黙る。
確かに。振り返れば、何を自分は必死に仕事を終らせてまで、あの少年に尽くすのか分からない。

「たしかに は可愛いし、悪い人物じゃない。俺だって信用してる。だけど、アンタは とそう接触もしてない。
 双黒だからそれなりの護衛と口を割らない最低限の人間で行動して守るのはわかるんですが、いつもの閣下なら隊長か王佐に頼むでしょう。
 ・・・・珍しいじゃないですか」

いくらグウェンダルが可愛いものを愛しているといっても、自分の責務を睡眠時間をへずってまでやるだなんて少々不自然だとヨザックは思う。
今は国も落ち着いてきているが、グウェンダルの仕事は多い。

 

には悪いが、俺は人を100%信用することはしない。もう職業病なのかもしれませんがね。
 それは閣下も同じなはずだ。それなのに、閣下は会って間もない を信用してる」

真剣な表情のヨザック。
グウェンダルは、それに加え、指摘された事柄が的を射ていたため、少なからず動揺した。
たしかに自分らしくない。冷静さを欠いている?
何故、自分はあの双黒の主の為にここまでするのか。

グウェンダルは顎に手を添え、本格的に悩む体制に入った。
すると、ヨザックが口を開いた。

「これは・・・」
「?」
グウェンダルは訝しげに眉を寄せる。

「これは・・・・きっと・・・」
「・・・・?」

 

「きっと、恋ね!!

 

「はぁあッ?!」
今までの真剣な表情はどこへやら、くねっ腰を捻りヨザック・・・いやグリ江ちゃんはキャピキャピとはしゃいで言う。
グウェンダルはあまりのことに開いた口がふさがらない。

「だぁってぇ・・・そうだったら素敵でしょぉー?」
「き、貴様何を・・・」
ブルブル震えるグウェンダル。グリ江ちゃんは全く気にも止めず楽しそうだ。
「そうそう、いっくら が可愛いからって、お顔背けるのは頂けないわぁ〜」
怖がられちゃうわよ?とグリ江ちゃんはポーズをとりつつ忠告する。
どうやらこの男、上司をからかって遊んでいるようである。
そう判断したグウェンダルは、眉間に皺を増やす。

「貴様・・・・」

 

――ガシャン――

 

憤慨したグウェンダルが怒鳴ってやろうと口を開いたその時、浴室から何かが倒れるような音がした。

ピン・・・と空気が張り詰める。
ヨザックもグウェンダルも前線で活躍する者。
その音から的確に普通ではない空気を感じ取った。
クフェンダルの視線は音の下方向、浴室のドアに向けられる。その表情は険しい。

「・・・・・ヨザック」
「りょーかい」
ヨザックは上司に敬礼すると、すばやく行動に出た。

 

 

++++++++++++++++++

 

 

「大人しくしてろ」

 

俺は情けないことに震えが止まらなかった。
誘拐されそこなった過去のトラウマも関係しているかもしれない。
男はせっせと俺の手を拘束している。ちなみに意味は無いのに口はすでに布をかまされている。

ぽろりと涙が零れた。

あぁ、泣くな。泣いちゃ駄目だ。
何とかしないと。

分かっているのに体が言うことを聞かない。

「・・・・・・・・・・・っ」
悔しくて再度涙が零れた時だった。

 

「・・・・・・・・よ!」
「はぁあ?!」

 

微かに聞こえた二人の声。
そうだ。こんなに近くに人が居たんだと、今更ながらに気がつく。
男は他に人、しかも男が居たことに驚いたらしく、一瞬固まった。
俺はその隙を突いて、思い切り足をばたつかせ、近くのゴミ箱らしきモノを蹴倒した。

ガシャン!!

「あっ馬鹿!」
男が慌てて俺の足を押さえるけれど、恐らく向こうの二人には聞こえたと思う。
なんとなくちょっとほっとして、体の力が抜けそうになるのを堪えて抵抗する。
運良く、俺を拘束するためにナイフを口にくわえていた男は、ナイフを取り落とした。
かしゃっと音を立てて遠くに滑っていくナイフ。

男は拾おうとするが、俺が暴れるため、ままならない様子だ。
このままなら助かるかもしれない。
そんなことを思ってしまった所為かもしれない。

「・・・・チッ」
男は舌打ちをすると、俺の髪を乱暴に掴んで引っ張り上げ、そのまま強く床に俺の体を叩きつけて押し倒した。
「・・・・いい気になるなよ。この際多少傷をつけたってかまわねぇんだからな」

男の瞳がぎらついて、俺はとてつもない恐怖にかられた。
心臓が冷えていくような感覚。
震える体。

ぐいっ・・・と、また髪をつかまれて顔を近づけられた。
「・・・なんなら、今すぐ此処で、目玉を抉り出してやってもかまわねぇんだぜ?」

 

その言葉に俺はすくんだ。
そうされたくなかったら大人しくしろと言われたが、もう抵抗する余裕もなく、みっともなくガタガタ震えるだけだ。

「・・・・そうだ。そうしておとなしくしれりゃいい」

立て。と腕を引っ張られてやっとふらりと立ち上がる。布で拘束された手首が痛い。
男は風呂場の窓を目指しているようだった。
足元がふらつく俺は、濡れたタイルに足をとられ転んでしまった。
「チッ!何してやがる!早くしろ!でないと・・・・」

おそらくその後は、お前の連れにバレるとか何とか続いたんだろう。
けれどそれは叶わなかった。
何故なら。

「でないと・・・なんだ?」
風呂場に響くバリトン。
男も俺も驚いて振り返る。

そこには、フォンヴォルテール卿が立っていた。

気付いてくれた・・・!!

俺が安堵したのもつかの間。男は俺を抱き上げると窓にダッシュした。
しかし、男の思惑はまたも失敗する。

「はぁーい♥逃がさねぇーぞこの野郎

窓からヨザックが入ってきて仁王立ちしたから。

 

男は観念して膝を突いた。
男より明らかに強そうな男二人に挟まれては当然といえば当然かもしれないし、もしかしたらフォンヴォルテール卿を知っていたのかもしれない。

男はヨザックに締め上げられ、俺は開放された。
時間にしてみれば、そんなに長い時間ではなかっただろうが、俺にとっては途轍もなく長い時間に感じられた。

――――あぁ、俺は独りじゃない。
手を差し伸べてくれる人が居る。

今度は安堵で涙がこぼれた。

 

 

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20070825