物事は上手く運ばないのが世の常。
感情と表情の釣り合い
「あ!様ったらこんな所に!」
俺がぼんやりと屋上で日にあったっていると、俺付きの侍女になったティーアという見た目40後半という女性が駆け寄ってきた。
「そろそろお部屋に戻ってくださいな。お茶の時間です。あんまりお体を冷やさないでくださいまし!」
まったく!とでも言うように、腰に手を当てて仁王立ちのティア。
俺はそれに苦笑して立ち上がった。あの、風呂場での誘拐未遂事件は、ヨザックが素早く対処してくれたおかげで一見落着。
男から賊の情報を手に入れ、賊の討伐隊を組むまでを一夜にして終わらせてくれた。だから、予定通りにその翌朝出発し、その後とくに問題もなく、ここフォンヴォルテール城に到着した。
城の皆はとても親切で暖かい。
双黒であることも一部の信用のおける人物には知らせてあって、さりげなくフォローをしてくれる。
ティーアもその一人だ。
しかしさすがに魔王陛下にもお目通りしていない身だし、いつ危険に晒されるかわかったものでないってことで、髪を染め、眼鏡も常時つけている。ここへ来て、だいたい一週間という所だろうか。
目の前のティーアは、最初こそ畏まっていたけれど、俺のおっちょこちょいぶり、というか情けさに呆れたのか、慣れたのか、最近では妙に過保護で、時に厳しい。母親ってこんな感じなんだろうか、なんて考えて俺はくすぐったい気持ちになる。
問題なく、平穏な日々。
いや・・・・ちょっとくらいは問題あるけど。
「 様、最近ますます顔色が優れませんね。今日は気分が和らぐお茶を用意しましたから、ゆっくりなさってくださいな」
俺に与えられた部屋のドアを開けて、俺を中に促しながらティアが言う。 俺はそれにまたしても苦笑い。ちょっとした問題の一つが、これだ。
最近、いや、あの誘拐未遂以来、不眠症が悪化した。
移動中は乗馬の疲れで眠れる事もあったけど、やっぱり眠りは浅くて、ここ一週間は、一人で広い部屋に寝ている所為か、眠れない。
情けないけど、怖い。
自分の不甲斐無さに悲しくなる。
最近は顔色の悪さも色眼鏡だけじゃ誤摩化せなくなってきて、城で会う人に心配される。 けど、俺は苦笑いするしかない。
だって、迷惑はかけられない。ヨザックは優秀な諜報員なだけあって忙しくて、あんまり城にはいない。フォンヴォルテール卿は言わずもがなで、公務に忙しい。
そして俺はというと、書庫の本を借りて自主学習くらいしかやれることもない。
ヨザックの手伝いなんてもっての他だし、フォンボルテール卿もやってることはお国の事、まだこちらに来て日も浅い異世界人の俺が手伝えるはずもない。
かといって、厨房や雑用をしようとすると、城の人たちに顔を青くされて必死に止められてしまうから、何も出来ないし。俺って無力。
ついつい出そうになるため息を、ティーアの手前押しとどめる。 香り高いお茶は美味しくて、なんだかリラックスする。
おいしいよ、と最近なんとか回るようになった口でお礼を言う。
声も戻った。
事件のショックの所為か、予定より半日ほど延びたけど、移動の最中には口がたまにもつれるものの、会話は出来るようになっていた。
ヨザックが気さくに話しかけてくれたから、発音や言い回しの勉強もできたし、今じゃネイティブ並みだと思う。
読みも支障なく、今の所普通に本を読んだりできている。書きはまだ少し慣れないから、あまりきれいな字ではないけど、なんとかゆっくりなら書けるようになってきた。最近では、書庫から歴史の本を持ってきては読んで、軽くまとめるという自主学習をしている。読み書きの練習も兼ねて。
歴史は好き。面白い。その時代の人がどう思ってどう行動を起こして、その結果どうなって。そういうのが面白い。 それに、この国にお世話になるんだし、少しくらいは国のことを知っておきたい。
過去は今につながってる。
まして寿命の長い魔族のことだから、よけいに。「・・・ 様?どうしました?」
ぼんやりと思考していた俺は、心配そうなティーアの声にハッと我に返る。
顔を覗き込むティーアに何でもないと答えて、ちょっと書庫に行ってくるよと逃げるように部屋を出た。
+++++++++++
グウェンダルは、ここ数日特に問題なく日々を過ごしている。
秘書のアンブリンは相変わらず優秀で、仕事のはかどりも、まずまずである。
今日も穏やかな天気だ。
グウェンダルは午後のティータイムを、眉間に皺を寄せることなく過ごしている。しかしそれも長くは続かなかった。
ふと、グウェンダルの眉間に一本皺が刻まれる。それを見ていたアンブリンは、グウェンダルの視線の先を見た。
そして溜息を一つ、閣下にバレぬようにこぼした。閣下の視線の先には、ここ数日同じ少年がいるのだ。
という、グウェンダルの客人である。アンブリンには知らされていることだが、「双黒」の美しい少年だ。
ここ数日、この城主の執務室から見える渡り廊下を、彼は一日最低3回は往復するのだ。
「熱心ですわね」
アンブリンは思わず感想を零した。
すると半ば睨むように少年に視線を向けていた男、グウェンダルはビクリと肩を揺らした。
「なっ!・・・・・・何がだ」
「彼ですよ。 様。毎日ああして往復なさって。お勉強なさっているようで」
彼の腕には必ず1,2冊の本が抱えられており、見る限り、娯楽の類ではなさそうである。
歴史書の類が多いようにみえる。アンブリンがそう述べると、グウェンダルは「ああ」だか「うう」だかよく分からない返事をして紅茶のカップを傾ける。
優秀な秘書はその様子を見ると、眉をひょいと上げるだけで何も言わずに仕事にもどる。
グウェンダルは何ともいえない気分で、再び紅茶に手を伸ばす。
自然と、視線が、もう少年の通り過ぎてしまった渡り廊下へと向いてしまうのを自覚して、ハッとする。
こんな時に限って、あのグリ江ちゃんの台詞が頭を過ぎってしまい、軽く頭を振って米神を押さえる。
・・・・恋だなんて、馬鹿馬鹿しい。
そう思うグウェンダルの耳が、実はかなり赤くなっているのを知っているのは、アンブリンだけだったりする。
20080227