気がつくと、そこは別世界だった。

 

 

大切なものとき替えに

 

 

とりあえずここが森らしいというところまではいい。
俺のいた森は住宅街からさほど離れていない、むしろ林というべきか分からないようなところだ。
遠くには道路が垣間見れたし、5分と掛からず外へ出れるほどの小規模なもの。

だが、ここはどうだ。

何処までも高い木々に、あたりは濃い霧が掛かっている。
仮に、俺があの場でいつの間にか気を失って朝が来たとしても、この木々はありえない。
樹齢何年だ?と思わず聞きたくなるような立派なものがそこかしこに生えている。

それに、ミーアの墓も見当たらない。
もしかしたら自分は浦島太郎してしまったのか。それともアリス化して小さくなったのか。
夢かもしれないと、ベタなやり方で確かめてみたが、少し頬が腫れただけだった。

・・・・・・とりあえず、動くか。

俺の出した結論はそれだった。ココにいても始まらないし、埒があかない。
よく見ればすこし離れた所に道らしきもの、直線に露出している土肌が見えた。
俺はその道をただ南下することにした。冬の時期なのか、寒かったから単純に南を選択した。

 

しかし、俺はこのときの判断を後悔するこになる。

 

 

++++++++++++++++++

 

 

「はぁ・・・っはぁはぁ・・・・っく」

俺は走っいる。俺のできうる限りの速さで。
がさがさと茂みを掻き分け、木の根に足を取られつつも走った。

いや、―――逃げた。

今の俺ほど満身創痍という言葉の似合うやつはいないんじゃないかと思う。
あちこち怪我だらけで、疲労も激しい。わき腹の傷が最も酷く、出血もしている。

そもそも、何故こんな事態になっているのかといえば、初めてこの森(後に山だと判明した)に来たときに遡る。
今は初めてここへ来てから8日目だ。正確には7日と半日程度。
あれから俺は何も口に出来ていなかった。
色の鮮やかなキノコを食べるほどの勇気を俺は持ち合わせていないし、生憎高い木々には時期の所為か果実のなっているものは無かった。

 

ここに来てから2日目のことだった。
そこで俺はやっと村と呼べる程度の集落を見つけて安堵した。
眠れない、食べ物もないという状況で俺はかなり衰弱していた。
日本にしてはやけにカントリー調の家々が立ち並んでいて疑問に思ったが、まずは保護してもらおうと、俺はその村へと歩を進めた。

ちょうど近くの家から女性が出てきた。
驚いた事に鮮やかな赤毛で日本人とは思えない目鼻立ちだった。しかもエプロンドレスにスカーフ。

(どういうことだ?)

俺が首をかしげると、ふいに彼女がこちらを向いた。
彼女の瞳は鮮やかな緑だった。

「―――あの」

「●×▲□☆§※〜〜〜?!?!」

声をかけようとした矢先、彼女は何事か叫んで走り去ってしまった。

 

「・・・・・・・・何?」

俺は訳がわからず、その場でへたり込んだ。
もう、色々限界だったのだ。

 

 何なんだここは。
 
どうして歩けど歩けど家に着かない?
 彼女の言語はなんなんだ?ドイツ語らしい気もするが違う気もする。どうして日本語じゃない?
 どうして彼女はひとの顔を見るなり怪獣でも見たかのような顔で逃げていったんだ?
 俺は家の近くの森の、ミーアの墓の前にいたはずなのに。
 なんで。
 なんで・・・・?

「・・・・・・・・・・おかしくなりそうだ」

か細くかすれた自分の声すら虚しかった。

 

 

その後、俺は何故か村の男たちに散々殴る蹴るされた。
どうして、自分がこんな目にあうのか分からなかった。
どうして、誰一人自分の言葉に耳を傾けようとしてくれないのか分からなかった。
ただ男たちの頭の向うに見える抜けるような青空を見ていた。

俺は気絶したんだろう。

気がついたら鉄格子のついた小さな部屋に入れられていいた。
・・・・・牢屋だ。
わけがわからない

「・・・・・・・・・・・父さん、ミーア」

――――助けて。

 

 

それからは、山での生活よりある意味過酷だった。
朝と夜、ご飯は出された。粗末であるが、そこは有り難かった。
しかし、朝夕と問わず、人がやってきては鉄格子の隙間から槍や桑やで俺を突付いて俺を傷つけて帰っていく。
疲れ果てた俺がうとうとしようものなら、髪をつかまれ、切られて、そしてやはりその人たちも他の人同様それを持って帰るのだ。
そんなことが、今日の朝まであった。そのおかげで俺の疲労は凄まじい。
どれだけの時間が経ったのかはわからない。

今日の朝、いつもと違う事が起きた。
何故か男が一人、共も連れず、俺のいる牢屋の鉄格子を開けて中に入ってきた。
小太りで他の人より幾分か良い服を着た男だった。
よく分からなかったが、俺はその人物を渾身の力で突き飛ばして、逃げ出した。
どこへ行けばいいのかなんてわからないが、とにかく、ここにいてはいずれ自分は死んでしまう。

火事場の馬鹿力とは凄いもので、ふらふら立つのがやっとの状態のはずの俺は、追いかける村人を振り切って逃げている訳だ。

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・・はぁ・・・・あっ!」

俺は何かに、おそらく木の根につまずいてベシャリと転んだ。

よく、走ったほうだと思う。

気付けば後ろに人は居らず、上手く巻けたようだった。
ドクドクと心臓の脈打つ音だけが耳に響く。
俺は痛む体を引きずって川縁まで移動した。

そこでやっと、流れる水の音が耳に入ってきた。
地面にうつぶせたまま手を伸ばして右手を水につける。気持ちよかった。
ぼんやりと水の心地よさを感じながら、川の流れを見つめた。
ひどく疲れていた。

どれくらいそうしていたのか分からないが、しばらくして行き成り視界から川と地面が消えた。
「・・・・・・っ」
ぐわん・・・脳味噌が回転したかのような不快感。
逆光の人影と肩に掛けられた誰かの手が目に入って、誰かに肩を引かれて仰向けにされたんだとわかった。

「・・・・●§◎※?」

何か言っているけど、俺にはさっぱり分からなかった。

 

 ”にゃぁ〜”

 

また、空耳か。
ミーアの声が聞こえた気がした。

俺はまた気を失った。

―――最後に見たのは、ミーアと同じ青い瞳。

 

 

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20060107