いつもと違う日々が流れ出して、今日で10日が経った。

 

 

無理な背

 

 

とりあえず、俺はこの10日間無心に言語を覚えるために勉強をした。

なんでも、このお城には俺の存在をしられるとまずい人がいるらしい。
今その人があまりいい政治をしていると言えないそうで、
俺は気づいた日からずっとここ、フォンヴォルテール卿の仮眠室に住まわせてもらっている。

双黒の方に失礼だと思いますが・・・と前置きされたけど、もちろんそんなことは全然ないと返した。
この部屋だって仮眠室だと思えないくらい広くて十分だし、ヨザックとコンラート(さん付け、卿呼びは却下された)も親切にしてくれる。
突然現れた俺に、それこそ多少気を遣うというか、観察するような感じも無い訳ではなかったけど、
親身になってくれるし、俺自身は嫌われてないみたい。

勉強をはじめて10日。それなりに拙いながら会話できる程度にはなった。
会話・・・っていうか、半ば単語の羅列のようなものをヨザックとコンラートが読み取ってくれるって言うのが正確かもしれない。
もともと、英語ができていたから、文法なんかは幾分かわかりやすい感じだった。
日本語は独特の文法だからアレだけど、英語の文法はやっぱり何処の言葉にもある程度適応されるみたい。
それに、コンラートもヨザックも分かり易く説明してくれるいい先生だ。

。顔色、悪いけど、どうかしたか?」
ふと、勉強に付き合ってくれていたヨザックが、ジェスチャー付きでそう尋ねた。
「悪い ない」
俺は首を振ることで平気だと表す。
多分、多少疲れが溜まっているんだろうと思う。

―――夜、あまり眠れないから。

 

やっぱり、俺は前に増して一人で眠れなくなってしまった。
夜、一人で暗い部屋に横になっていると、時折訳もなくどうしようもなく怖くなる。
最近は必死に枕を抱えて眠っている。
それでもやっぱり眠りは浅くて、鳥が鳴けば目が覚める。

 

心配そうに俺を見つめるヨザックにへらりと笑ってみせる。
心配を掛けちゃうのは忍びないし、その・・・18にもなって一人で寝れないとか言うのはちょっと恥ずかしいし。
全く寝れない訳じゃなく、睡眠時間はそこそこ取れていると思う。
だから、大丈夫だ。

ヨザックは若干納得のいかなそうな顔をして探るように俺の顔を見てたけど、やがて「無理しないで下さいよ」と頭を撫でてくれた。
なんか、お兄ちゃんが出来たみたいで、嬉しい。
口元がだらしなく緩むけど、きゅっと引き締めて勉強を再会する。
勉強っていっても幼児向けの本とにらめっこだけど。

 

今自分にできることは、少しでもこの世界を知ること。
そしてまずは何より言語だ。
会話できずとも、とにかくヒアリングができるようにならないと、きっと生きてはいけない。
情報が欲しくとも解読できないんじゃ意味が無いし。
会話はまだ拙いけど、相手の雰囲気だとか、場の流れとかで大体何を言っているのかは把握できるようにはなった。
自分は、頭は悪くない方だと思うけれど、英語だって身につくのに半年以上は掛かった。
それも小さい頃の柔らかい頭があってこそ成せる技で、今の俺には言語を覚えるのに、1年以上は掛かるんじゃないだろうか。
気の遠くなる時間に、焦りが無いといったら嘘だけど、今は頑張るしかない。

あと7日もすれば、フォンヴォルテール卿の執務が一段落して、お城に戻るそうだ。
その際俺も一緒にヴォルテール地方へ連れて行ってくれるらしい。
フォンヴォルテール卿のお城ってことで、多少俺も自由にできるらしい。
けど、そうなるとコンラートとなかなか会えなくなってしまう。通訳さんと会えなくなるのは痛手だ。
だから、その前にできるだけいろいろ詰めておこうとは思ってる。

フォンヴォルテール卿といえば、目が覚めた日以来、会えていない。
嫌われてしまったのかとも思ったけれど、ヨザックやコンラート曰く、俺の為に仕事を早く終らそうと頑張ってくれてるんだって。
本人に聞いたわけじゃないから、真相はわからないけど、もしそうなら嬉しい。
嬉しいと同時に申し訳ないけど。

 

ガチャ・・・

 

軽く音を立てて扉が開いた。
見れば、珍しく額に汗を浮かべたコンラートだった。
「・・・・何か?」
何かあったの?と首を傾げる。彼がそう急いでやってくるなんて初めてだ。
、聞いてくれ。やっと眞王廟へ行くことができたんだ」
「しんおうびょう?」
俺が首をかしげると、あぁ・・・と納得したような顔をしてから、英語で言い換えた。

『眞王廟。眞王陛下霊廟だよ。ウルリーケとの目通りが叶ったんだ』
『本当!何かわかった?』
ここ数日、コンラートはこっそり他人にばれないように、眞王廟へ目通りを願い出てくれていた。
なんでもそのウルリーケという巫女さんは、第1代目魔王陛下、つまり眞王様の御魂と会話できるらしくて、眞王陛下ならば、俺のことを知っているかもしれないとのことだった。

そして俺が帰れるか否かも。

 

『えぇ、残念ながら、 をこちらの世界へ呼んだのは眞王陛下ではないそうです。ウルリーケは君の魂の前の持ち主もわからないと言っていたよ』
コンラートは苦笑気味にそういった。
俺は無言で続きを促す。

『ご帰還ですが・・・・・』
コンラートは言い辛そうに少し躊躇したあと、じっと俺の瞳を見据えて言った。

 

『・・・難しいそうです』

 

『・・・・・・・なぜ?』
『・・・どうも、 の魂はもとは此方の世界のものだったらしく、この世界に癒着してしまったらしい。
無理やり送り返す事はできても・・・ が生きて向こうへ帰れる確率は半々だそうです。
生きていてもかなり重傷を負うだろうと。俺のときはそんなことはなかったのですが・・・』
何でも、俺は向こうの、地球の何かによって此方に送られて来たせいで、巫女さんの力と反発してしまうんだそうだ。

『帰れ・・・ないの?俺』
『・・・・・・いえ、時がくればいつかは・・・』
コンラートはそう言って微笑むけど、それは微妙に形を崩していて、あぁ無理なんだと頭の片隅で思った。

 

 ―――もう、あの家には、帰れない。

 

ミーアも父さんも、もういないけれど、思い出の詰まったあの場所には、もう二度と・・・。

 

 

『・・・・・・泣かないで下さい』
困ったように笑うコンラートに頬を拭われて、初めて自分が泣いている事に気付かされた。
大きな、傷のある手が俺の頬を撫でる。
『・・・・・ごめん』
へらり、と意味もなく笑ってみせる。
『・・・いいんだ。もう、向こうには俺に”お帰り”を言ってくれる人は、いないから』
だから、直ぐに泣き止むから、ちょっとだけ。
最近泣いてばかりで、男の癖に、俺、格好悪いかな。

 

泣き止もうと努力する俺を、コンラートは引き寄せて抱きしめてくれた。
前に、ヨザックも俺が泣いたとき抱きしめてくれたなぁと思いながら、大人しくその胸に縋った。
軍服のようなソレは、分厚い生地と丁寧な装飾の所為で、ちょっと硬かったけど。

 

『・・・ 。俺が聞いたのはそれだけじゃないんです。いいお知らせですよ』
コンラートは、俺の背を撫でながら、穏やかな声でそう言った。
『魂には、今まで生きてきた記憶の跡が残っているものなんだって。蓄積された記憶の中から、上手い事言語の記憶だけ呼び起こせば、この世界の言葉がわかるようになるそうだよ』

優しく言い聞かせるようなソレに、俺はゆっくり顔を上げた。
『ただ、ちょっと難しい作業らしいんだ。全部無理やり起こすより、一部って言うのは慎重な作業なんだって言っていたよ。多少危険でリスクが伴うけど、それでも良ければって』
『・・・本当に?』
『あぁ。都合のいいことに、明日からシュトッフェルがシュピッツヴェーグに発つ。こっそり抜け出す事もできるだろう。やってみるかい?』
コンラートは優しい。俺の気を紛らわせるために、明るく振舞ってくれる。

 

 

「あのぉ、そろそろ俺にも事情説明してくんな〜い?」

 

「「・・・・・・あ」」
「まったく〜俺を除者にするなんて!!」
振り返ればプン!プン!という効果音がつきそうなちょっとおどけた仕草をするヨザック。
俺たちは顔を見合わせて、ちょっと笑った。

 

 

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20070112