―――謂うならば、俺は地球に捨てられちゃったらしい。

 

 

逃げようのい現実

 

 

は、今日も寝つけずにベットに横たわっていた。
夜、一人でいることに、やはり恐怖を覚える。
こちらに来てからは、夜な夜な桑や槍を構えた人々が自分の血ほしさにやって来たのだから。 

  牢屋、暗い暗い空間。月に照らされる石畳。
  顔の見えない人。嗤う口元。
  伸びてくる手、手、手。
  そしてぬらりと光る刃物。 

ぶるり。

は体を震わせた。

 

  『ご帰還ですが・・・難しいそうです』

 

今日、コンラートの言っていた事を思い出す。
あの日、初めて此処が異世界だと言われたとき。頭では分かっているつもりだったし、ある程度受け止めた気でいたけれど、
そんなのただのやせ我慢だったのかもしれないと思う。
必死になって勉強して、父さんやミーアのことを考えないようにしていただけなのかもしれないと思う。
―――未だ、未練は捨てきれない。
お帰りと言ってくれる人はいないけれど、自分を構ってくれた友人や、お帰りと言ってくれた場所は、まだ在る。

ふいに淋しさがこみ上げて、 は大きな枕をぎゅうっと抱く。

頭では理解しているのだ。
これから生きていくために情報とソレを理解するための言語と識字が必要だと。
もう帰れないとわかって、そのときも、あぁやっぱりな。と思った程度だった。
けど、それは頭の事で、心はまだ未練たらたらなのだ。

(・・・・俺って情けない)

自嘲気味に笑って、ごろりと寝返りをうつ。
窓から、美しい星空が見えた。
そういえば、夜中は眠る事に必死であまり気にしていなった。
ふらりと立ち上がって窓を開ける。
都会に住んでいたという訳ではないが、日本ではなかなか見れないほどの、満天の星。
こんなの、初めて見る。

(本当に、ひとりなんだなぁ・・・・)

しみじみと、 は思った。

ここには自分を知る人も、必要としてくれる人もいない。
コンラートやヨザック、グウェンダルといった面々は自分を保護してくれ、また優しく接してくれるけれど、
それもまた、自分が彼らのいわば敵方シュトッフェルにいい様にされないため。

分かっていたけど、見ない振りをしていた。

みんなの優しさは本物。
だけど、今の状況は、自分がもし双黒でなければ、起きなかった奇跡。
きっと、双黒でなかったら、のたれ死んでいたのだろうなと漠然と思う。
自分がいたのは魔族と人間の国の国境。
そして最初いた地点はおそらく魔族側。人間が安々受け入れてくれる訳も無いし、かといって人間の自分を魔族がこころよく受け入れないのも確か。
まして、今人間と魔族は敵同士。戦争も度々起こるという。
言葉のわからない自分など、すぐに死んでしまっただろう。

 

―――それにしても、愛しい故郷に拒絶されるのは堪える。

地球の力と反発して、自分は帰れないらしい。
は開け放した窓から、ビルや電線に邪魔されることなく見える星空を仰ぐ。

”地球のなんらかの力”が、誰ものかなんて想像もつかないが、自分はもう二度と帰れない事実。

甘えたい盛りに母親はいなかったが、その分父親がそれはもう愛情を注いでくれた。
一生懸命働いて、忙しくても、できる限りちゃんと一緒にご飯を食べてくれて。
そんな父や愛猫との思い出の詰まった星。
(・・・・・帰れないのか)

ふいに、自分が地球からぺいっとつまみ出される滑稽な図が頭に過ぎって、 はふっと噴出す。

もう、涙は出なかった。

 

 

―――コンコン。

ベットから這い出て窓を開け星を見上げていた は、ゆっくり扉を振り返った。
すると、少し開けた扉から、ヨザックがするりと入ってきた。
夜中に訪問されるのは初めてだった。

「眠れないのか?
ゆっくりと発音された言葉を、ゆっくり頭で理解してから、どうしてだと首を傾げる。
「外から、見えたから、来た。危ないから、窓に寄らないで」
分かり易いようにされた説明に、あぁ、と納得して窓を閉めて距離をとる。
どうやら、外を見回っている途中で自分を見つけてやってきたようだった。
外から見られては元も子もない。
軽率だったなと少し反省して、 は大人しくベットに戻る。

ヨザックは苦笑気味にベットに腰掛けて、 の頭を撫でてやる。
布団を肩まで掛けてやると、ポフポフと軽く叩かれる。

ヨザックの、地球ではありえないような髪の色。
赤毛とも違うオレンジの髪。

―――本当に、自分は異世界にいるんだ。

改めて実感する。

ヨザックは、何か言いたそうに口を開くが、上手く に伝える術を思いつかず、苦笑して口を閉じる。
その様子に、今日の決断は正しかったと思った。

は、コンラートの言う記憶の溝から蓄積言語を引き出す、という荒治療をすると決めたのだ。
多少時間がかかろうと、多少危険が伴おうと、早く、すこしでもこの世界を分かるために言語を理解したかった。
正直、焦っているのかもしれない。
早く、ここでの居場所を、ここに自分がいることを、人とのやり取りの中に見出したいのかもしれない。
今、ここで口篭もったヨザック。彼の言葉を理解したいと思う。
直接、いろいろ話してみたいと思う。(それは、もちろんグウェンダルとも)

―――それからでも、地球との決別は遅くないかな。ゆっくりでも、いいかな。

泣いてもなにも変わらないし、わめいてもどうにもならない。けれど、未練を今すぐ断ち切るのは難しい。
ここに自分の居場所を見出してから、笑ってさようなら。っていうのは、ずるいかもしれないけれど。

―――もう少し、焦がれさせてください。地球さん。

それでも、拒絶されても、愛しい故郷。

 

「・・・・・・ ?」
ヨザックがぼんやりと自分越しに空を見つめる に、どうかしたのか?という視線を投げかける。
は、緩慢な動作で、その鮮やかな髪に手を伸ばす。
見た目よりも柔らかく、月明かりに透けて綺麗だった。
ヨザックはその手を振り払ったりはしなかった。
それが、妙に嬉しく感じて、 はゆるく微笑んだ。 

?」
ヨザックが再度途惑ったように名を呼ぶ。
自分はちゃんと としてここにいる。
側に感じる人の温かさに、 は久々に深い眠りに誘われるのを感じた。 

「―――good night. ヨザック」

誰かにこうしておやすみを言うのは、ひどく久しぶりだった。

 

 

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20070113