「御覚悟はよろしいですか」
只管と高い天井の神聖感の漂う空間に、少女の声が響いた。

 

 

しいものほど

 

 

朝食をとり、身だしなみを整えた一行は、眞王廟へと足を踏み入れた。
数は4人。長身の3人に囲まれるようにして、真中に背の低い人物が歩いている。
眞王廟は静かで、足音が嫌に耳につく。

 

俺は、シュトッフェル不在の機を狙い、人目を憚りつつ、蓄積言語を引き出すためにやってきた。
一緒に居るのは、フォンヴォルテール卿、コンラート、ヨザックの3名。
後者二人は人間と魔族のハーフであり、魔力を持っていなかったため、フォンヴォルテール卿にも同行願ったそうだ。

 

「ようこそいらっしゃいました。双黒のお方」

やがて通された空間に佇んでいた少女が振り返り、ニッコリと機械的に笑った。
白い髪は床につくほど長い。
見た限りは少女であるのに、纏う空気がそれを疑わせる。不思議な感じだ。
―――これが、巫女。

「お初にお目にかかります。ここで言霊巫女を勤めさせて頂いております。ウルリーケです」
彼女が軽く顔を伏せるのにあわせ、サラリ、と髪が揺れる。
ウルリーケさんはそこで初めて俺と視線を合わせた。少女らしい大きな瞳に俺が映るのが見えた。

「まぁ!お可愛らしい方ですこと!わたくし、生きているうちに双黒のお方をこんなに間近に拝見する事が出来て感激です!」
「うわっ」
ウルリーケさんは、先ほどの粛々とした雰囲気が嘘のように顔を輝かせ、がばりと俺の手を握った。
あまりの勢いに思わずたじろぐのは仕方が無い事だろう。

 

「ウルリーケ。本題を」

きゃぴきゃぴとはしゃぐウルリーケさんを、グウェンダルが嗜める。
「あら、わたくしとした事が。申し訳御座いませんでした。ご無礼をお許し下さいませ」
にこりと笑う。
すっと体を引いて、ウルリーケさんは落ち着きを取り戻すと口を開いた。

「蓄積言語を無理やりに引き出すのは危険な術です。痛みを伴うかもしれません。それから魔力もかなり消耗するはずです。
それでも、なさると仰いますのね?」

じっとウルリーケは俺の瞳を見つめた。
ウルリーケさんの言葉をコンラートが英語訳して教えてくれる。
それを聞きながら、俺はウルリーケさんの瞳から視線をそらさなかった。なんだかそらしてはいけない気がして。
石で作られているからだろうか、すべての音は建物に吸い取られてしまっているかのように静かで、
今発せられているコンラートの声意外響いていない。それだって俺の意識の片端で響いているだけだ。
しばし沈黙が落ちてから、慎重に肯定の返事をする。

 

どく・・・どく・・・といやにゆっくりした心音が耳につく。

 

・・・・正直言うとかなり怖い。
でも、やると決めた。この世界をしりたい。与えてくれる言葉を理解したい。
楽に手に入らないことは解っている。
それと引き換えならば、俺は耐えようと覚悟した。

 

「わかりました。では、術式を始めます。申し訳御座いませんが、わたくしの前に膝をついていただけますか?」
背の低い彼女に合わせるように、膝をつく。すると、白い小さな手が持ち上がり、俺の頭にかざされる。
「ご覚悟はよろしいですか?」

どくり。

心臓が動く。

俺はゆっくりと頷いた。

 

 

「・・・・では、参ります」

 

 

ぶわり。

 

 

ウルリーケさんの長い髪が宙を舞った。
逆に俺は酷い重力を掛けられたかのようだ。ぐっと上からの力というか、重さに耐え切れずに片手を床に突いてふんばる。
「・・・・ぐっ・・・!!」
頭が割れるように痛い。こぶしを握って耐えるがうまく行くほど生半可なものではなかった。 

 

「・・・・・・・・・・うぁっ!」
どれくらいの時間が経ったのか、数秒かもしれないが、俺にはその感覚は無かった。
ふいに、重力がなくなり、痛みが薄れた。
視界の端に、ふわりと地面におりるウルリーケさんの髪らしき物が入った。
視界がぼやけるのは、痛みに耐えながら無意識にでた涙の所為だろう。

「あ」

ぐるり

視界が反転した。

!!」
消えた重圧にふらりと倒れそうになった俺を、一番近くに控えていたヨザックが、そのたくましい腕で受け止めてくれた。

「さて、双黒のお方。わたくしの言葉がお分かりでして?」
ウルリーケさんが俺の顔を覗き込んだ。
するり、と彼女の言葉は理解できた。むしろ、日本語のようにしか聞こえない。
答えようと口を開くが、ひどく疲労しているようで、声が出なかった。
だから俺は彼女の質問に微笑む事で答えた。
それに、ウルリーケさんもふわりと笑ってくれた。

「お疲れになったでしょう。もう、おやすみなさいませ」

その言葉を頭の隅で聞きながら、俺は意識を手放した。

 

 

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20070124