目が覚めると目の前には深い緑が広がっていた。
少しだけ広がる世界
は寝起きでぼんやりとする頭を軽く振って再度正面を見る。
緑の物体はどうやら布のようだった。
身じろぎしようと体を捻るも上手くいかず苦戦する。
(・・・どうなってるんだ?)
首を傾げて目の前の布をそっとなぞってみる。
意外に固く、温かくて・・・・そこで、 は覚醒した。
(・・・・これは人だ)
規則正しく上下している目の前のものは人の、男性の胸だということがわかった。
慌てて顔を上げれば、そこには眠っているグウェンダルの姿が合って、 は益々混乱する。
(ふぉ、フォンヴォルテール卿?!)「・・・ん」
(うわっ)
わたわたとしているうちに、グウェンダルが眉を寄せ、身じろいだことに、驚き慌てる 。
起こしてしまったかと、息を潜めてその顔を観察する。
軽く身じろいだ彼は、 を一層強く抱きしめてまた穏やかな表情へと戻った。
グウェンダルが再び寝付いてくれたことに、なんとなく安堵した も、より抱き寄せられてどうしていいのかわからない。そもそも、どうしてこんなことになっているのか。
最後の記憶は眞王廟での巫女、ウルリーケに蓄積言語を引き出してもらったあと、お休みなさいませと言われるまでだ。
そのあとの記憶はない。
たしか、意識の途切れる間際まではヨザックに支えてもらっていたはずである。それなのに、どうして自分は彼の腕の中にいるのか。しかも同じベットで寝ているのか。
なんとなく恥ずかしいような、決まりの悪いような気持ちになって、どうしていいか分からずぐるぐるとする。(うぅ〜・・・俺どうすればいいの?)
こうなったら、もはや他力本願しかない。
とりあえず目はバッチリと覚めてしまったし、この状況で二度寝する度胸は持ち合わせていなかったため、起きていることにする。
しかしやることが無い。
ぼんやり、自分より上の位置にあるグウェンダルの顔を見つめる。整っている。
それが第一印象だ。
目鼻立ちがはっきりしていて、日本人の自分としては羨ましい限りだと は思う。
意外に長い睫毛に縁取られた瞳は今は閉じられているが、切れ長であるのは伺える。
通った鼻筋に薄い唇。
いつもよっている眉間の皺が無い所為か、その美丈夫さが際立って見える。
(・・・これで100歳超・・・)
魔族って凄い。となんだか改めて思う。
グウェンダルの見た目は20代後半から30代前半といったところだ。
がぼんやりとしていると、グウェンダルの睫毛がなんの前触れもなく持ち上がった。
「っ?!」
「・・・起きたのか」
寝起き特有の掠れた声が色っぽいグウェンダル。
そっと から腕を離すと、のそりと起き上がった。びっくりしている を見つけて、グウェンダルはふっと目元を緩めて微笑んだ。
「あれだけ見つめられれば、視線で目が覚める。私はこれでも軍人だ」
(ば・・・バレて!?)
何だか無償に恥かしくなって はその頬を染める。「私の言葉はわかるな?」
は動揺しつつもこくりと頷く。
「では説明しよう。まず、私がおまえと寝ていたのは、お前が酷く魔力を消費したからだ。
私の魔力によってお前の魔力の回復を促進したわけだ。私が軍服のままなのは、お前が掴んで離さなかったので仕方なくだ」
ここまではいいな?
そういって と視線を合わせるグウェンダル。勢いに押されつつも は頷く。「それから、お前の声は明日になれば回復する。無理に声を出そうとするな」
・・・・・声。
そういわれて は初めて自分が声を発していないことに気付いた。
慌てて口を開いて声を出そうとするが・・・・でない。
(・・・・声が出ない)
喉元に手をやって、 はこれが代償か、とぼんやり理解する。「突然のことにお前の体がまだ付いていっていないだけだ。早ければ今日中に元に戻る」
そういってグウェンダルは喉元に当てられた の手をそっと外してやる。
「今日の内にヴォルテールに経つ。遠乗りになるが我慢しろ。シュトッフェルの出ている今が好機だ」
そういってグウェンダルは立ち上がり居住まいを正す。
平然と言われた台詞に、 は驚いた。
急いでもあと一週間は仕事が終らないと聞いていたからだ。
しかし、今 にそれを尋ねる術は無い。
実のところ、グウェンダルは寝る間も惜しんでせっせと仕事を終らせたのだ。
それもこれも、自分の拾ってきた のため。拾ってきた自分には責任がある。
は小さくて(魔族的美観でいえば)大層美形で可愛らしい。
小さくて可愛いもの好きの彼としては、そんな を狭い部屋にいつまでも留めさせておくのは忍びなかったのだ。は困惑してグウェンダルを見つめる。
「仕事は全て終っている。出発の準備もそろそろできるだろう。後は私たちだ」
まず着替えろ。
そういってグウェンダルは奥の扉へ入っていた。
湯気が見えたため、おそらく浴室であろう。はやはり混乱する。
とりあえず自分も何かしなくてはと部屋を見渡す。見覚えが無い。
ここはグウェンダルの仮眠室ではないようだ。
そういえばベットが大きいし、部屋も広い。
「・・・・・・・・」
そして棚には大量の編みぐるみ。
(・・・・なんで編みぐるみ?)
は結局ますます混乱した。そこへ、軽くノックの音が響く。
了承しようにも拒否しようとも声が出ない。
自分は人に見られてはいけないんだったと思い、 は慌てて棚の陰に隠れる。
かちゃっと軽い音を立ててドアが開いた。
「失礼しマースっと、あれ?誰も居ない?」
入ってきたのはオレンジの髪の鮮やかなヨザックだった。
はそれに気付くが、どうすればいいのかわからず、しゃがんだまま固まっている。
「・・・・・あれ?何してんの 」
・・・あっさり見つかった。
整頓された部屋は、数歩入って見渡せば棚の陰に居ようとも丸見えだった。
(うわぁ恥ずかしい・・・!!)
何だか馬鹿なことをしてしまった自分が恥かしくなって、赤くなった顔を俯いて隠す。「うわぁー・・・ 、それはダメだわ」
「?」
顔を上げればヨザックが困ったように髪を掻き揚げていた。
「あぁ、こっちの話。ホントに俺の言ってること解ってる?」
は嬉しげにそっとうなずく。
本当にヨザックの言っていることが母国語のようにすんなりわかることが嬉しかった。
「そうか。よかった・・・・・・ところで、そろそろ其処から出てみようとか思わない?」
「!」はまだ棚と壁に嵌ってしゃがんでいた。
「うん、バッチリだわ〜さっすがグリ江!」
突如部屋へ訪れたヨザックに連れられて、 は身支度をさせられた。
何故かヨザックが女言葉なのはこの際気にしないことにした 。
ヨザックは着替えとなると何故か「グリ江って呼んでねん」とハートマークがつきそうな声音で言ってしなを作って見せた。今 はグリ江ちゃんによって身支度が完了したところだ。
ヴォルテール城へ行くため、動き易いようにと、グウェンダルやコンラートのような軍服を着せられた。
さらに髪を隠すために帽子を被せられ、目の色を隠すためにブルーのレンズの眼鏡を掛けられた。
ヨザックはコンタクトも用意したのだが、怖がって目を開けない に諦めて色眼鏡に落ち着いた。
あとはバランスよく小刀などをそろえ、不自然でない仕上がりになった。「さ。殿下もそろそろ準備できてるだろうから、俺たちも行こう」
ヨザックに手を引かれるまま進む。
なんでも、少人数で行動するらしい。大所帯だと人目を引きやすく、統括も大変だかららしい。
今回の移動はグウェンダル、ヨザック、そして の3人だ。城の厩へ到着すると、すでにグウェンダルが馬を従えて立っていた。
その隣にはコンラートの姿も在る。「やぁ。昨日はゆっくり休めた?」
コンラートが英語ではなく母国語で話す。表情は子供に向けるような柔らかいものだ。
腰を屈めて帽子越しに頭を撫でられ、 は頷く。
「そうか、ちゃんと言葉がわかるんだな。よかった」
「だから言っただろう。ちゃんと理解しているようだと」
「だって自分で確かめてみたいじゃないか」
グウェンダルが不満げに文句をいい、コンラートはそれを笑って受け流す。コンラートは を心配していたのだ。
これから唯一英語の話せる自分は血盟城へ留まらなくてはならない。
ちゃんと人づてでなく、自分で確かめたかった。
「ところで、 は馬には乗れるかい?」
コンラートが思い出したように言う。
の答えはもちろんNOだ。
一般的な高校生である が馬に乗る機会など、皆無に近い。
ふるふると首を横に振る。
「・・・そうか・・・じゃぁ馬は二頭でいいな」
コンラートがいうと、ヨザックは馬をとりにいった。馴染みのがいるのだろう。
「どうするグウェン」
ヨザックが厩に入っていくのを見ながらコンラートがグウェンダルに問い掛ける。
コンラートの質問は、どちらがタンデムするか。ということだ。
幸い、グウェンダルの馬も、ヨザックの馬も、それなりに立派な馬である。
立派さで言えば、当然グウェンダルの馬方が立派だが、どちらもタンデムに耐えられるだろう。グウェンダルは眉間に皺を寄せる。
「・・・・・・・どちらでも構わんだろう」
決定的に自分がいいとも、ヨザックがいいともいえないため、グウェンダルはそう返す。
はヨザックに懐いているようだからそちらがいいような気もする。
「閣下が乗っけてあげてくださいよ」
ヨザックが一頭の馬を連れて戻ってきた。
ヨザックの発言にグウェンダルは眉を寄せ、無言で理由を問う。「だって、俺と じゃ一緒に乗ってるの不自然じゃないすか」
言われてみればそうだ。ヨザックの格好は明らかに自分たちとは違っている。
は今回きちんとした服装をしているため、吊り合わないといえば吊り合わない。「しかし・・・」
グウェンダルは少し途惑う。
「 。グウェンダル殿下じゃヤ?」
拒否する理由も無いので、 は首を横に振る。
「ほら。いいでしょう」そんなこんなで、 はグウェンダルとタンデムすることになり、コンラートに見送られて血盟城を後にした。
20070208